
Premium Coffee : The best experience with the highest quality coffee.
Part01 “プレミアム”コーヒーの世界 佐藤 優貴
今年の一月、ウッドベリー全店舗でドリンクメニューを一新しました。これまで「ハンドドリップコーヒー」としてひとまとめに扱っていた全銘柄を「セレクテッド」「プレミアム」の 2 つにわけて提示することで、より選びやすく、コーヒーの個性を感じていただけるような工夫を施しました。
また、デイリーラインのコーヒーを手軽に飲めるよう、「本日のコーヒー」としてバッチブリューを導入するとともに、「セレクテッド」のコーヒーから二種類を選んで飲み比べができる「テイスティングセット」と、エスプレッソとラテを特別なスタイルで楽しめる「バリスタセット」も新たに開発しました。「バリスタセット」では、香りが強く感じられ、飲み口がまろやかになるグラッパグラスでエスプレッソを提供し、ラテでは浅煎りのコーヒーの酸とミルクの甘さのハーモニーをより楽しんでいただくために濃縮ミルクを使っています。
ハンドドリップに話をもどすと、「セレクテッド」にはとくにコーヒーの個性がわかりやすく、ちがいを立たせることのできる豆を厳選しています。あわせてレシピも刷新し、HARIO の MUGENと Switch をかけあわせたドリッパーを使用しています。
そして、新メニューの目玉といえるのが、特別なコーヒーを特別なレシピで淹れた「プレミアム」の新設です。
「プレミアム」で取り扱うのは、世界的に知名度が高く品評会でも高評価を得ている有名農園や、オークションロットなどの、いわゆる「高級コーヒー」が中心です。希少価値の高いコーヒーを、競技会でも使われる「カスタムウォーター」と、フラットタイプのKalita Wave ドリッパーで抽出しています。また、あわせて、ご自宅にコーヒーをお届けする定期便にもプレミアムラインと毎月のおすすめの豆をセットにした「暮らしを彩るプレミアム定期便」がくわわりました。
高級ラインのコーヒーは、その味の明確さと綺麗さから、それこそ「これがコーヒーなの?」と、概念を覆すようなまったく別物の味わいをしています。
今月から、この巻頭コラムでは、そんなプレミアムなコーヒーの世界についてお伝えしていきたいと思います。あわせ て、この3月に高級コーヒーの産地としてとくに有名なパナマを訪れる機会を得たため、現地レポートもお届けします。
「高級コーヒー」はどうして生まれるのか
さて、「高級コーヒー」といっても明確な基準があるわけではないので、ここでは希少かつ最高品質のコーヒーのことだとひとまず思っていただければ構いません。ウッドベリーでは、1杯あたり1,650 円から 3,300 円のものまでありますが(味の強度があるため、約 140ml と提供量がすくなめになっています)、世のなかには1杯で 5,000 円や1万円するコーヒーも存在します。
その多くは、植える場所から収穫の精度、乾燥工程や生産処理まで、あらゆる面において専用の方法で管理されています。品種としては、希少かつ高品質なことで知られるゲイシャ種が圧倒的な割合を占めていますが、スーダン・ルメやユーゲニオイデスといった特殊な品種があったり、最近はシドラやティピカ・メホラードなども評価されてきている印象です。
各農園がさまざまな狙いのもとに、小ロットで何種類ものサンプルをつくり、特別に品質のよいものが品評会や農園のプライベートオークションにかけられます。たとえば、いまウッドベリーで扱っている銘柄のなかでいちばん値段の高いパナマ/アイリス農園は、八種類ほどあるロットから選んだもののひとつで、また、農園の成り立ち自体もトップクオリティのコーヒーをつくることを目的としています。
つまり、「高級コーヒー」の定義はなくとも、どれも最高品質のコーヒーをつくることを目指してつくられたコーヒーであるといえます。各農園は味のバリエーションをつくるために、ひとつの品種で何十種類もの生産処理を試したり、さまざまな品種を育てたりするようになっているのです。
そして、近年とくにプライベートオークションが活発化しており、ブランドや知名度を獲得した農園がこぞってオークションを開き、落札価格も上がりつづけています。とくにパナマは青天井で、ベスト・オブ・パナマも獲っているエリダ農園のプライベートオークションでは、2024 年に1kgで1万3518ドル(日本円で190万円以上)の値がついたものがありました。
価格高騰の要因は複合的で、たとえば中米(とくにパナマ)に限っていえば、アメリカの人件費が上昇した結果、出稼ぎにいく人が増え、ピッカーに対してアメリカと同等かそれ以上の給料を支払わなければ収穫ができない状況になっていたり、物価上昇によって殺虫剤や肥料などのコーヒー生産にかかわるコストが増大しているようです。さらに気候変動による生産量の減少や、戦争による輸送コストの上昇なども重なり、そもそものコーヒーの価格自体が数年前の倍以上になっているのです(また、日本の場合はそこに円安も加わります)。
そのうえで、高級コーヒーにかんしては一種の流行による高騰という側面もあります。とくに中国を筆頭としたアジア圏での熱狂的な人気により、値段が引き上がった印象です。あくまでも個人的な推測ですが、日本以外のアジア圏ではスペシャルティコーヒーの文化が根づいたのが、価格がある程度上がってからのことだというのも関係していると思います。じっさい、ウッドベリーの各店舗でも、とくに「プレミアム」のコーヒーに対しては海外のお客様の反応がよく、自然に受け入れてくださっているように思います。
ウッドベリーが贈る「プレミアム」
いまでは際限なく価格があがってゆくかのようにみえる高級コーヒーの世界ですが、ウッドベリーではそのような「マニアのためのマニアなコーヒー」ではなく「万人のための特別なコーヒー」といえるようなラインナップを目指しています。
もちろんいちばん大事なのは味のクオリティです。綺麗な味わいをもち(「クリーン・カップ」)、品種やテロワールの特性が出ていること。具体的には私が88点以上のスコアをつけたものを採用しています。また、生産処理で発酵をくわえているものにかんしては、奇抜だったり過度に感じるものは選ばず、発酵をコントロールできているかどうかを重視しています。
高級コーヒーは、味の綺麗さとパワフルさが他のコーヒーとは明確にちがいます。世のなかにはインパクトのある味をもったコーヒーはたくさん存在しますが(それこそ発酵させれば味のインパクト自体はある程度つくることができます)、高級コーヒーが一線を画すのは、それが長く持続することです。コーヒーそのものが蓄えている味わいの馬力がちがうといってもいいでしょう。
また、有名農園だけでなく、業界内では評価されていても一般にはまだそれほど知られていない産地や農園を意識的に採用している面もあります。いまのラインナップでいえば、コスタリカのブルマス農園がそれにあたります。私がとくに注目しているのは、ペルーやボリビア、エクアドルのような南米の産地で、土壌にも恵まれ、オーガニック認証をもっている農園も多く、その点でもウッドベリーと親和性が高いと感じています。
もうひとつの選定基準にかんしては、「プレミアム」に限りませんが、継続的に買うことを前提にしているため農園の運営は気にして選んでいます。たとえば私たちが取引しているエルサルバドルのブエナ・エスペランサ農園は「循環型農業」を掲げ、殺虫剤や肥料に頼らず、そこに生きる動植物もふくめた農園の環境づくりからおこなうアプローチをとっているのですが、そのように管理が行き届いている農園はとても大事にしています。
最高の体験価値、農園への還元
「プレミアム」で扱うようなトップクオリティのコーヒーは、際立った味わいの個性を感じられることが、とてもポジティブな体験価値になると思っています。産地や品種、生産処理など、豆によってまったくちがう味をもっているのだということが、一般的なコーヒーとは比べものにならないほどはっきりわかる。その衝撃的ともいえる体験を、たんなる消費で終わらせず農園への還元にまで結びつけることが私たちの責務だと思っています。
どういうことかというと、ただ「コーヒー」を売るだけでは、どんどん安いものへと流れていってしまう可能性があるからです。しかし先ほどお伝えしたコーヒー全体の価格高騰は、高級コーヒーやスペシャルティコーヒー以上に、利幅がすくなくコストを吸収できないコマーシャルコーヒーにおいて深刻な問題となっています。環境・経済の両面において次第に厳しくなっていかざるをえない状況のなかで、じつは高級コーヒーやスペシャルティコーヒーは(一部の好事家に向けてつくられているだけでなく)収入を維持するためにコーヒーの付加価値を高めようと試行錯誤している農園の努力の結果でもあるのです。
そうはいっても「プレミアム」のコーヒーに対しては、まだ値段に対する反応が多く、スペシャルティコーヒーを楽しんでいる方がその延長線上で自然と飲むようになるかといえば、そうではない。その意味でも、一足飛びに「プレミアム」を目指すのではなく「セレクテッド」から裾野をひろげていきたいという想いをこめて、「セレクテッド」に個性が際立った豆を厳選して並べているのです。
なるべく農園の利幅の多い豆に切り替えながら、多くの量を買うこと。その両輪で買いつけをすることが農園を支えることにつながります。そのためには高品質なコーヒーの価値=衝撃的な体験を、もっとひろく伝えていく必要があります。じっさい「プレミアム」を試してくださったお客様は必ず驚いてくださいます。その結果「プレミアム」のべつの銘柄を飲んでくださることも多く、私たちとしてもまるで仲間が増えたような、嬉しい気持ちになります。
農園の努力の結晶であるコーヒーをどれだけ多くの人に知っていただけるか、そして、その価格に納得して飲んでいただけるか──それは、この日本でお客様と向きあっている私たちロースタリーやバリスタが担っている、大切な役割だと思います。