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記事: Life in a Cup : A Journey of the Senses

Life in a Cup : A Journey of the Senses

Life in a Cup : A Journey of the Senses

Part01 暮らしに息づくコーヒー 佐藤 優貴

朝、目が覚めてまずコーヒーを淹れる。日中の作業のおともに、仕事や家事の合間のひと息に。読書をしたり音楽を聴いたりして過ごす、ささやかな時間にそばに置くこともあるでしょう。もちろん、ひとりで楽しむことも、家族や友人とともに味わうこともあります。忙しい日々のなかで、コーヒーは私たちの暮らしに自然と溶けこみ、そっと寄り添ってくれています。
しかしながら、いちど立ち止まってみると、そのように毎日の習慣として楽しむと同時に、豆の種類や抽出の工夫をとおして多種多様な味や香りに出会えるコーヒーが、不思議な飲みもののように思えてなりません。はたして、コーヒーのさまざまな味わいや香りは、あるいは「コーヒーを淹れる」という日常的な行為は、私たちの暮らしにどんな楽しみや体験をもたらしてくれるのか──。



コーヒーの楽しみ方と同様、「美味しいコーヒー」にも正解はありません。それでも、よく「コーヒーの味の違いがわからない」といわれるように、私たちはつい正解を求めてしまいます。この「味の違いがわからない」という言葉も、味覚そのものの問題に限らず、知識や経験の差や「みんなはわかるのに自分だけわからない」という心理が大きく関わっているのだと思います。しかし、他人が言う「美味しい」を求めても、自分にとっての「美味しい」はつくれません。「美味しい」という主観的な評価基準は、その人が育ってきた文化や場所、ふだん口にしているものなど、さまざまな要因が折り重なって築かれるものだからです。大切なのは、他人の評価や一般的な基準に振りまわされず、自分の感覚に正直に楽しむことです。私はバリスタとして生きるなかで、そのことを強く実感すると同時に、味覚や嗅覚に意識を向けることの難しさもよく知っています。

重要なのは、毎日の一杯にすこしだけ向きあうことです。つまり、コーヒーをとおして自分の感性に向きあう時間をつくること。それは、自分だけの「美味しい」を深めてゆく「感性の旅」です。その旅は、日常をすこしずつ豊かにし、私たちの暮らしをかたちづくってくれるでしょう。本コラムでは、そんな「暮らしに息づくコーヒー」について考えるとともに、自宅でコーヒーを淹れるコツをお伝えしていきます。


感性の旅──コーヒーとの向きあい方

私が初めて飲んだスペシャルティコーヒーは、コスタリカの柑橘系のフレーバーをもったコーヒーでした。そして、大学への通学途中にあったそのカフェで、次にエチオピアのナチュラルを飲んだとき、そのキャラクターの違いに驚きました。そこから「自分はどんなコーヒーが好きなんだろう?」「どの国が美味しいんだろう?」といろいろなコーヒーを飲むようになったのが、コーヒーを好きになったきっかけでした。

自分にとっての「美味しい」を探す旅の出発点は、いろいろなコーヒーを飲み、味を評価してみることです。お店や自宅で、美味しいと思うものに出会うまで飲みつづける。そうした経験を積み重ねることで、コーヒーの楽しさは何倍にも膨れあがります。
それは一見すると単純なことのようですが、コーヒーは習慣と密接に結びついているぶん、難しいと感じる方も意外と多いはずです。じっさい、カフェでとりあえずブレンドを頼むというのは国内外問わずよくある光景ですし、それどころか、すべて「コーヒー」と一括りに認識している方も少なからずいるでしょう。

もちろん、毎日決まったカフェでブレンドを飲んで出勤するといった、ルーティンとしての楽しみ方を否定するわけではありません。むしろそういう方にとっては、いろいろな豆にチャレンジすることは生活リズムや気分の乱れにつながる場合もありうるでしょう(そうした側面があること自体も面白いことですが)。
日常のルーティンと、ちょっとした変化。その両方の楽しみを、その日の気分や状況に応じて柔軟に往き来するような付きあい方がひとつの理想ともいえるかもしれません。



閑話休題。私は、コーヒーを淹れて飲むときには、必ず味の構成を考えるようにしています。簡単にいえば、酸味・甘み・苦味のどれが強く、どのようなバランスで感じられるのか。毎日のルーティンのなかで「今日は酸味が強めに出たから明日はもうちょっと苦くしてみよう」などと、自分の好きなバランスを探ります。それが、ひとつのコーヒーに向きあい、味をつくるということだと思っています。

また、コーヒーの味は、豆の状態によっても日々変化します。同じレシピで淹れたときにすこしずつ変化してゆく味を楽しむのもよいですし、たとえば豆を挽く前に意識して香りを嗅いでみると、豆の状態が変化していることに気がつくかもしれません。そのときに華やかな匂いがすれば焙煎日からまだ日が浅く、ナッティーな香りがするときはそれなりに時間が経ってきている証拠です。

つまり、豆の香りからエイジング(*1)の状態を想像し、それに応じてハンドドリップのレシピを調整することも可能だということです。たとえば、エイジングが浅ければ、豆のなかに残存しているガスが抽出を阻害するため、湯温を高めにしたり挽き目を細かくするとよい。すぐに実践するにはハードルが高いと思いますが、ウッドベリーのパッケージの裏面には焙煎日が記載されているので、見くらべながらどんな香りがするかを確かめたり、豆の香りからどのように淹れたら美味しくなるのかを想像する習慣をつけるのも面白いかもしれません。

私がここで言いたいのは、日常生活のなかで、意識して匂いを嗅ぐ機会は思っている以上にすくない、ということです。だからこそ、コーヒーの袋をあけてしっかり匂いを確かめることは「自分の感覚を正常に戻す作業」と捉えることができるのではないかと思っています。



私がバリスタになってまもないとき、先輩に淹れ方を教わり、自分で試してみたら味がぜんぜん違ったということがありました。それは注ぎ方に原因があったのですが、私は先輩のやり方を見ているようで全然見ていなかったんです。そのとき、見ることだったり香ること、味うこと、どれをとってもしっかりと意識しなければできないことばかりなんだと気づかされたんです。

コーヒーに限らずよく耳にする「手間をかけることでゆったりとした時間が生まれる」とは、もしかしたら、なにかひとつの感覚に集中する時間のことをいうのかもしれません。日々の忙しさに囚われていると、自分の感覚に意識を割く余裕はどんどんなくなってしまいます。まるで自分を失っているような状態になるというと言い過ぎかもしれませんが、じっさい、そのような社会になっているとも感じます。
コーヒーを味わったり香ったりすること、そしてその感覚を頼りに、美味しく淹れるために想像力を働かせること。コーヒーと向きあうことは、自分の内側を見つめ、自ら(の感覚)を取り戻す作業なのではないでしょうか。そして、それが自分の暮らしへの愛着をつくることにつながってゆくのでしょう。

*1 焙煎後の豆の内部に含まれる二酸化炭素などのガスを抜くために、豆を寝かせる期間。


豆選びの基準──「美味しい」コーヒーの選択肢をひろげる

美味しいコーヒーは、良い豆を用意するところから始まるといっても過言ではありません。それは良い豆が「正解」だからというわけではなく、品質が高ければ高いほど、味や香り、産地特性などのキャラクターを感じやすいからです。
しかし、コーヒーを買うときに、生産国と農園名だけでなく、品種やプロセス、焙煎度合い、フレーバーコメントなど、たくさんの情報が書かれていて、見当もつかないという方もいるでしょう。そんな方のためにも、まずは、豆選びの基本的なポイントからご紹介していきたいと思います。

最初に、焙煎度合いから考えて豆を選び、自分の好みを探ってゆくのがもっともわかりやすいでしょう。焙煎が浅ければ酸味が立ち、深煎りになればなるほど苦味が強くなります。ウッドベリーでは、豆の特徴にあわせて焙煎度を決めており、傾向としてはアフリカ系やゲイシャ種などの華やかな豆は浅く仕上げ、中米系やパカマラ種などのフルーティな豆は甘さを感じやすい中浅煎り、バランス型の豆は中深煎り程度に仕上げています。



その次は、プロセス方法をみてみましょう。基本的には、ウォッシュドは酸がはっきりと感じられ綺麗ですっきりとした印象になり、ナチュラルはフルーティで複雑な味わいになります。もうひとつ、近年はアナエロビック・ファーメンテーション(嫌気性発酵)をはじめとした、発酵をくわえたプロセスも増えています。発酵の種類によって味わいが異なりますが、味の明確さや強度が高くなるので、ひとことで表すなら、派手な味わいといえるでしょう。

あえて好みを「すっきり・爽やか派」と「どっしり・濃厚派」に大別して考えてみてもよいかもしれません。その場合、大まかな目安としては、浅煎り/ウォッシュドが「すっきり」、深煎り/ナチュラルが「どっしり」に分類できます。
ただし、焙煎度とプロセスの組みあわせ次第ではその限りではなく、たとえば深煎りのウォッシュドよりは浅煎りのナチュラルのほうがすっきりした味わいに感じられます。とくに「どっしり・濃厚派」の味わいは、焙煎による影響が大きいため深煎りに近いほうがよいでしょう。

余談ですが、深煎りのイメージが強いブラジルは、じつは土壌が弱く味が薄いため、それを補うために深煎りにされることが多かったりもします。いっぽうでケニアやコロンビアは味が濃厚なので、もしかしたら深煎りでなくても気に入っていただけるかもしれません。

それはともかく、まずは焙煎度とプロセスの組みあわせによるグラデーションを覚えれば、豆選びに大きく悩むことはなくなるはずです。

フレーバーコメントは、知識の有無は措いて、お好きな果物や、チョコ、ナッツなど、ご自分の好きそうなものをなんとなく選ぶので十分です。それらの「味」がするのではなくそういう雰囲気のコーヒーなんだというくらいに考えていただければと思います。また、フレーバーは品種に由来するところも大きいので、いちど飲んでみて気に入ったコーヒーの品種名は覚えておくとよいでしょう。



豆選びの判断基準がわかれば、それだけ選択肢も増え、その日の気分や状況によって味わいを変える楽しみが生まれます。感覚を働かせたいときと、ルーティン的に飲むとき、それぞれで豆をわけるのも自宅でコーヒーを淹れる楽しみ方のひとつです。

いつも決まったブレンドを飲んでいるという方も、違う味わいを試していただくと、自分の味覚や嗅覚に意識を向けるいい機会となるはずです。それこそブレンドといっても、ウッドベリーにはクラシック、エスプレッソ、フィルターの三種類があり、味わいも異なります。好みのブレンドで使われている生産国の豆を個別に買ってみるのもおすすめです。

ほかにも月替わりで数種類のコーヒー豆が届く定期便は、ある意味では受動的でいながらも多様な味わいに出会える手段といえます。あるいは、少量の量り売りや店頭での飲み比べセットなど、いつもと違うコーヒーを気軽に試せる選択肢はたくさんあります。そうして、自分にとっての「美味しい」に出会うための旅を始めてみてはいかがでしょうか。


オリジナルマガジン”Pneuma”ISSUE39より抜粋

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