
Life in a Cup : A Journey of the Senses
Part02 暮らしで育む、味わいと感覚 佐藤 優貴
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コーヒーは、毎日の習慣として楽しむと同時に、豆の種類や抽出の工夫をとおして多種多様な味や香りに出会える飲みものです。その「美味しさ」に正解はなく、重要なのは、自分の感覚に正直に楽しむことです。
しかし私はバリスタとして生きるなかで、味覚や嗅覚に意識を向けることの難しさもよく知っています。見ることや香ること、味わうこと。どれをとってもしっかりと意識しなければできないことなのだと気づかされたのです。
だからこそ、日常生活のなかでコーヒーに向きあい、自分だけの「美味しさ」を探すことは、コーヒーをとおして自分の感覚を見つめなおす「感性の旅」ともいえるのではないかと思っています。
先月に引きつづき、今回は、その旅を支えるための「自宅でコーヒーを美味しく淹れるコツ」についてお話しします。
テイストバランスの移り変わりを楽しむ───保存のしかた
前回は「感性の旅」のスタート地点ともいえる「豆選びの基本」をご紹介しました。判断基準がわかれば、それだけ選択肢が増え、毎日の気分や状況にあわせて味わいを変える楽しみが生まれます。
では、そうして手に入れた種々様々なコーヒー豆はどのように保存したらよいのでしょう?
コーヒーは、熱や光、水分によって酸化が進み、空気に触れると香りも揮発してしまいます。そのため高温多湿や直射日光を避け、気密容器で不要な開閉をせずに保存することが大切です。最適なのは(ウッドベリーのパッケージのような)光や外気を遮断できるアルミバッグに入れ、空気を押し出して保存する方法です。キャニスターで保管する場合も光や空気に触れないように気をつけましょう。
保存期間は、豆の状態なら焙煎日から1~2カ月が目安です。粉の場合は表面積が増える分、酸化や香りの揮発がかなり速く進むため、なるべく豆のまま購入するか、1~2週間で飲みきれる量を買いましょう。
ただ、いろいろな種類の豆を買うようになると、どうしても飲みきれないこともあると思います。その場合は、冷凍保存がおすすめです。一杯分ずつ小分けにして、さらにアルミバッグに入れるのがベストです。そうすることで、匂い移りや結露、光による劣化を防ぐことができ、いつでも好きなときに好きなコーヒーを選んで楽しめるようになります。
豆は焙煎直後からすこしずつ変化し、風味も日々移り変わっていきます。前回も触れましたが、焙煎したての豆は内部に残ったガスが抽出やフレーバーを阻害するため、あまり美味しくありません。ガスを抜くために寝かせる作業を「エイジング」といいますが、ハンドドリップやフレンチプレスで淹れる場合は焙煎日から2~3日経ってからが飲みはじめの目安です。ちなみに、ハンドドリップの際にお湯を注ぐと粉が膨らむのは、このガスが正体です。「蒸らし」は粉の内部のガスを抜き、均一に抽出するためにおこなう工程でもあります。
ある程度ガスが抜けてからは、2週間目までがひとつの境となります。2週間を超えると、比較的構造が簡単な酸味成分の分解が始まります。また、香気成分も3週間程度で抜けはじめ、1カ月経過すると50%ほど、2カ月で20%ほどにまで減少するといわれています。
そのため、焙煎日から1週間から2週間のあいだが、もっとも美味しく飲める期間といえます。ただし、3週目に入ったからといっていきなり美味しくなくなるわけではなく、酸味成分が減少することで相対的に甘さを捉えやすくなる期間でもあります。コーヒーの種類や焼き方によっては、それぐらいの時期から風味がまとまりはじめることもあります。
そうしたテイストバランスの移り変わりを感じ、レシピを調整していくことも、コーヒーの楽しみのひとつです。
均一な抽出のために───グラインダー、タイマー、スケール
コーヒーを美味しく淹れるためのカギは、「抽出をどれだけ均一にできるか」です。これは注ぎ方だけでなく、器具選びにおいても意識すべきポイントです。
コーヒーの抽出の前提として、粉からお湯に成分が移動するときに、序盤は酸味が、後半にいけばいくほど苦味が出やすくなります。そのため、抽出を時間軸で捉え、どこで終わるかを意識することで、味わいをコントロールできます。たとえば酸味が好きであれば、抽出を早く終え、苦味が好きであれば後半までしっかりと抽出する。自分が美味しいと思う味わいにあわせて、抽出時間を調整していただくのが第一歩です。
そして、抽出の均一性は、取りだす成分の幅に関係します。均一性が高ければ狙った成分だけを綺麗に取りだすことができますが、なんらかの要因で乱れが生じると、過抽出による苦味や抽出不足による酸味がぶつかりあい、酸っぱくも苦くもあるような、まとまりのない一杯になってしまいます。美味しさに「正解」はなくとも、それではコーヒーの個性を感じることもできません。まずは、そうした抽出しすぎ/しなさすぎを減らすことが、自分にとって美味しいコーヒーを探すための条件ともいえるのです。
それゆえ、タイマーやスケールを使ってレシピにブレが生じないようにすることと、均一な粒度で挽けるグラインダーを用意することが大切です。粒度が均一でないと、「細かい粉=過抽出」と「粗い粉=抽出不足」が混在する状態になってしまい、レシピや注ぎ方ではコントロールできないからです。
グラインダーもさまざまな商品がありますが、価格はほとんど挽き目の均一性と比例しているため、できればすこし良いものを購入したほうがよいでしょう。ご自宅で淹れる際におすすめなのは、本誌のレシピでも使用している「TIMEMORE CS3」というハンドグラインダーです。電動グラインダーだと、「みるっこ」やウッドベリーでも販売している「VARIA VS3」や「LAGOM CASA」をおすすめします。
抽出のコツ──ドリッパー選びと、注ぎのイメージ
そして、いよいよ、注ぎ方とドリッパーについてです。
ハンドドリップのやり方を調べたときに「粉にお湯を均一に行き渡らせる」という表現を目にしたことがある方も多いと思います。しかし、それは目に見えている範囲全体にお湯をかけるという意味ではないことに注意が必要です。たとえば円錐形のドリッパーでは、真ん中は粉の層が厚く、外側は薄くなっています。そのため、上からみて均一にお湯をかけたと思っていても、中央はお湯が行き届かず、外側は過剰にお湯を注ぐことになり、不均一な抽出になってしまいます。つまり、中央に多めにお湯を注ぐ必要があるのです。
重要なのは、粉を立体的に捉え、ドリッパーのなかで粉とお湯がどのように接触しているのかをイメージしながら、均一にお湯を分配する想像力です。均一な抽出を実現するためには、ドリッパー選びと、その形状にあわせた注ぎ方を意識することからはじめてみましょう。
さて、「コーヒーの味わいは抽出時の時間軸を意識することで調整できる」というのは先にも書いたとおりです。その前提と大きくかかわってくるのがドリッパーの形状、とくにリブ(ドリッパー内側の凸凹)の量や形状です。
リブが多い/深いほどお湯が抜けるスピードが速くなります。たとえば同じ円錐形のドリッパーでも、リブの多い「HARIO V60」と、リブのない「HARIO V60 MUGEN」では(そもそも同じ淹れ方をするのは不可能ですが)味わいが大きく異なってきます。
たとえばV60を使って作成されたレシピをもとに、MUGENで淹れようとしても同じ時間内に抽出を終えることができず、苦くなりすぎてしまいます。そのため、MUGEN用に挽き目を粗くしたり注ぐ回数を減らしたりして、レシピを調整する必要があります。
また、話を「抽出の均一性」にもどすならば、リブが多いほどチャネリング(お湯が粉に接触することなく横から抜ける現象)が起きやすくなるため、V60は注ぎのスキルが必要なドリッパーであるといえます。いっぽう、MUGENは多少ブレたとしても横に抜けることなくペーパー内に留まってくれるため、均一な抽出がおこないやすいドリッパーです。
さらに、注ぎの影響を最小限にするのであれば、浸漬式を取り入れたドリッパーである「HARIO Switch」に、さらにMUGENを組みあわせたハイブリッド方式がいちばんおすすめです。Switchのドリッパー部にはもともとV60がセットされていますが、お湯が溜められる特性とリブの多いドリッパーは相性が悪く、理屈を知っていないと扱いが難しい面があります。そのV60をMUGENに差し替えれば、初心者でも簡単に均一な抽出ができるようになります。
たとえば、16gの豆に対して240gのお湯を注ぐ場合は、スイッチを閉じた状態でお湯40g注いで45秒蒸らし、その後は240gまで注ぎ、1分15秒でスイッチを開けてお湯が落ちきるのを待つだけです。このレシピをひとつ覚えておくだけで、安定して美味しく淹れられます。
同じレシピで均一に淹れられることには、豆の味の違いや、同じ豆でもエイジングやその日の状態によって味が変化していることを実感しやすいという大きなメリットがあります。V60のようにスキルが必要なドリッパーだと、注ぎ方によって味がブレているのか、それ以外の原因があるのか、なにを改善したらよいのかわからなくなってしまうのです。
ハンドドリップの抽出は、挽き目や湯温、湯量、投数など、じつにさまざまな要素が複雑に絡みあう作業です。細かく味わいをコントロールしようとしたら、その全体像を理解していないと難しい面もあります。
しかし、一種類の豆で、かつ、ある程度固定したレシピのなかで味のレパートリーを出したいというときに、ドリッパーを変えるのは有効な手段だと思います。あるいは「この豆にはこちらのドリッパーのほうが合いそうだ」と想像しながら選ぶ楽しさもあります。
たとえば、前回「すっきり・さわやか派」と「どっしり・濃厚派」にわけたコーヒーの好みに沿っていえば、すっきり飲みたいときはV60を使って、後者の気分のときにはMUGENやSwitchを使うのがいいでしょう。ある種、V60とMUGENは対極にあるため、違いを実感するためにはぴったりの組みあわせだと思います。
コーヒーはお茶などに比べて濃度が高く、わずかな違いが味に大きく影響します。それはつまり、自分の感覚や行動がそのまま味わいに反映される飲みものだということです。挽き目を変えて淹れてみれば、そのことがすぐに実感できるでしょう。
スケールやタイマーを使い、日々記録をとりながらコーヒーを淹れてみるのはとても楽しい作業です。最初から完璧なコーヒーを淹れられる人はどこにもいません。それどころか、コーヒーの味わい自体も 日々移り変わってゆくものです。だからこそ、条件をすこしずつ変えながら淹れていくうちに、味がふと変わる瞬間に出会うことがあるはずです。その小さな発見を積み重ねることが、自分にとっての「美味しさ」を深めてゆく旅路そのものでもあります。
豆選びから保存方法、器具や淹れ方など、工夫をひとつひとつ重ねることで、その一杯は自分らしい味わいへと育っていきます。その日の気分や体調にぴったりのコーヒーを見つけてゆくこと──それこそが、自宅でコーヒーを淹れる醍醐味なのだと思います。