【Portrait of a Barista】奥野 拓也/ 代官山店
今回は代官山店で店長を務める奥野さんに、6つの質問を答えていただきました。
Q1 生まれ育った街について教えてください。
大阪の南側にある和泉市で育ち、23歳まで暮らしていました。実家は山に囲まれ、最寄り駅まで車で30分かかります。観光の目玉になるものもない片田舎ですが、山に入って魚を捕って食べたり、のびのびと過ごしました。
和泉市の南部は和歌山県に接しており、みかんの産地として有名です。秋から冬にかけ、あちこちで実をつける光景が美しく、ぼくの原風景です。段々畑のように整理された景色というよりも小さな農家が点在しており、いつ見ても「ここにもみかん畑があったんだ」と発見があります。
Q2 バリスタを目指したきっかけは?
父親がサイフォンで淹れていたこともあり、もともとコーヒーが好きでした。学生のときに通っていた美容室の近くにLiLo Coffee Roastersがあり、浅煎りの豆やシングルオリジンの味を知りました。気候や気分、体調にあわせてコーヒーをおすすめしてくれる接客もふくめ、新しいコーヒー体験にどんどん惹きこまれていきました。
昔からひとつのことを極めることがかっこいい大人であるという思いがあったため、職人気質なバリスタに興味をもちました。ぼくは世界を旅してまわることが好きなのですが、その経験のなかで世界のひろがりやつながりを、表面的であるにしても実際に感じ、知ることができました。だからこそ、今度は職人的な深みのある世界を知ってみたいと思ったんです。
入社して二年が経ったいまでも、その豆がどんなポテンシャルをもっていて、どのように引きだしたらいいのかを学ぶ日々です。難しい反面、理解を深めてゆく作業をとても楽しく感じています。
Q3 好きなコーヒー豆を教えてください。
コロンビアのエル・ミラドール農園のゲイシャ種がとくに印象に残っています。いままで飲んだゲイシャ種のなかでもとりわけ好きなフレーバーで、ジャスミンのような香りが際立っていました。ハンドドリップだけでなく、エスプレッソの調整を行った際に溜まったショットをラテにすると、朝の気分が一気に華やぐようでした。香りがミルクに負けずしっかりと残り、ミルクティーのような印象がある。それだけで一日が幸せな気分になれるほどでした。
Q4 いまハマっているカルチャー(本や音楽、映画など)を教えてください。
アラスカの動物や自然を撮影した写真家の星野道夫が好きです。昨年末に恵比寿で行われた写真展についてお客様と盛りあがり、先日旅行にいった際に『旅をする木』を読み返しました。アラスカの氷河の上、満天の星空の下で友人と交わす話が好きなんです。友人はある人から、景色に感動したとき、その美しさや気持ちを愛する人にどんなふうに伝えるかと聞かれます。写真や絵、言葉など方法はいくつかありますが、その人物は「自分が変わってゆくことだ」と言ったそうなんです(『旅をする木』、文春文庫、1999年、119-120頁)。本当に素敵な言葉だと思います。自分の行動を変えることで、他人にいい影響を与えることができたらいい。コーヒーを通してお客様の一日の行動をすこしずついい方向に変え、よりよい世界にできればと思います。
Q5 お店で気に入っているところを教えてください。
提供カウンターがL字型になっていて、お客様との距離感が近いところが好きです。正面のカウンター席のお客様は壁のほうを向いて座られますが、同じカウンターに座っていただいているような気持ちになります。
また、コーヒーを買わない日でも通りがけに手を振ってくださったり、挨拶に寄ってくださったり、店の中と外でも関係なくコミュニケーションが取れるところも嬉しいです。ローカルに結びつく、ウッドベリーの考え方を体現しているお店だと思います。
Q6 これからの未来のためにしていることは?
星野道夫の話のように、自分と他人の行動を変えていけるコーヒーを淹れられるようになりたいです。そのために日々の営業を粛々と行い、ひとりひとりのお客様にしっかりと向きあうようにしたい。挨拶や接客、お見送りまで、どんな些細なこともつねにブラッシュアップしていくことが、未来のためにつながる行動だと思っています。
パウロ・コエーリョの『アルケミスト』という小説があります。羊飼いの少年がみた夢に従って冒険する物語で、「前兆」をひとつのテーマとしています。ゆくゆくは未来を変える行動だとしても、その前兆はすごく些細なものとして描かれるのですが、自分の人生においても近い実感をもつことがあります。仕事以外の場面でも、前兆を逃さないように意識しつつ、自分がすぐにできることがあれば行動に移すということを心がけて過ごしています。