記事: HARIO V60 - BUENA ESPERANZA NATURAL

HARIO V60 - BUENA ESPERANZA NATURAL
エルサルバドル/ブエナ・エスペランサ農園のカスティージョ種ナチュラル・プロセスは、プロセス由来のベリーやチョコレートのような甘く豊かな香りを、フルーティーな酸が静かに支えています。ハイブリッド品種らしい、しっかりとした厚みと、ややビターな余韻。このコーヒーが本来もっている「複雑で奥行きのある味わい」を、自然なかたちで感じていただけたらと思い、品種選びから収穫、精製にまでいきわたるアンドレスさんの哲学に寄り添い、敬意をこめてレシピを組み立てました。
選んだドリッパーは、リブが深く湯抜けの良いHARIO V60。このコーヒーはしっかりとしたボディをもっていますが、あえてその一部を削ぎ落とすようにして、フレーバーと酸の輪郭を際立たせることを優先しています。
注湯の構成も、味のバランスを整えるために慎重に設計しました。中盤にお湯をしっかり注ぐことで甘みを引き出し、後半を抑えることでビター感をやさしく整えます。そうすることで厚みと立体感を保ちながら、やわらかな酸と果実の香り、そして穏やかなビター感へとつながる味わいに仕上げることができました。ぜひお試しください。

使用器具:HARIO V60
粉量 / 粒度:16g / 中挽き (TIMEMORE C3S 16クリック)
湯温 / 湯量:90°C / 240 g (白神山地の水)
時間 - 総湯量 (注湯量)
0 : 00 - 40g (40g)
0 : 35 - 80g (120g)
1 : 20 - 60g (180g)
1 : 45 - 60g (240g)
2023年の2月、ブエナ・エスペランサ農園を訪れたときのこと。前年の豪雨で土砂崩れが起き、農園の一画が大きく崩れていました。根こそぎ流されたパカマラやローリナの区画を前に、農園主のアンドレスさんは黙々と木を植えていました。まずは風に強い木を。その根元にすこしずつ土がたまり、自然と段ができる。その場所にやがてコーヒーノキを植えるのだと穏やかに話してくれました。初めての収穫までには15 年かかるかもしれない、それでもいい、と。その姿に、この農園の時間の流れを教えられたような気がしました。
ブエナ・エスペランサ農園では、農薬も化学肥料も使いません。害虫の被害には、虫を食べる鳥が住みやすいように木を育て、ナナフシのように静かに虫を食べる昆虫たちにも居場所を用意します。生きものたちとの共生によって、森のリズムを壊さずにコーヒーを育てているのです。
その根底にあるのは、「品質のために自然を制御する」のではなく、「自然の働きを借りて、時間をかけて品質を育てる」という考え方です。カップのなかにその思想をはっきりと感じられるのが、今回ご紹介する、「カスティージョ(Castillo)」品種を使ったコーヒーです。
カスティージョは病気に強く、生産性が高いという理由でひろく栽培されてきた現代的な品種です。しかし、その真価は、風味のしなやかさと持続性にあります。シトラスのような明るい酸、トロピカルフルーツや熟した果実の甘さ、そしてカカオやナッツ、キャラメルを思わせるやわらかいコク。それらが雑味なく重なり合い、飲み心地に滑らかさをもたらします。
一時期は「風味に欠ける」と評されることもありましたが、近年では完熟豆の選定や発酵プロセスの工夫によってその印象も変わりつつあり、カップ・オブ・エクセレンスのような品評会でも入賞するなど、世界的な再評価が進んでいます。しかも、このカスティージョは、気候や土壌の変化にも強く、安定した品質を保ちながら、環境への適応力も高い。まさに変化の時代にふさわしい、強さとやさしさを併せもつ品種といえるでしょう。
いまアンドレスさんの農園では、地球温暖化を見据えて「カトゥアイ(Catuai)」という熱耐性品種への植え替えも始まっています。どの品種を、どの土地に、どんな方法で植えるのか。そのひとつひとつの判断が、未来に向けた静かな選択なのだと思います。
今回お届けするカスティージョは、ベリーを思わせるフルーティー感とやわらかさのバランスに優れています。明るい酸に、ナッツやカカオのコク、そしてキャラメルのようなやさしい甘さがゆっくりと重なっていきます。わかりやすいベリー感と、飲み終えたあとにじんわりと残る余韻に、農園の時間の流れや、土に宿る声のようなものが滲んでいる気がします。
一杯のコーヒーのなかに、これだけ多くの営みが詰まっていることを感じていただけたらうれしいです。